プロ野球からアマチュア野球まで、野球を縦横無尽に語ろう

アンチ巨人の憂鬱

アンチ巨人の憂鬱



背番号

 ここに書かれていることはフィクションである。法律の番人のような姓を持つ主人公の見定(けんてい、ではなく、みさだめと読む)律夫は物心ついたときからアンチ巨人を自覚し、そのように生きてきたが、ふと思いつく野球のあれこれがすべて巨人と直結していることに気づき、実は俺は巨人の隠れファンではないのか、と自問自答することが多くなった。そのような見定律夫の日々の心の揺れを描きながら、死語と化しつつある“アンチ巨人”の意義を再確認しようと思い、筆を執った。

 ここ阿佐ヶ谷一番街にある酒場に夜な夜な集まるのは3人の男と1人の女である。
「キャッチャーの背番号の話になってさあ、若い奴が『22番は田淵が69年に阪神に入団して以来ポピュラーになった』なんて偉そうなことを言うんだよ」
 そう言うのは杉並区役所に勤める青田登だ。“じゃじゃ馬”の異名を取った往年の名選手、青田昇と同じ名前であることを誰よりも喜んでいる巨人ファンである。
「その通りじゃねえか。法政で22本のホームランを打った田淵が阪神で背番号22をつけて、プロ1年目に22本のホームランを打って新人王をとったんだろう。それ以来、背番号22をつけるキャッチャーが増えたのは本当の話だ」
 これは講談社の漫画誌で副編集長を務める長澤兵衛の発言だ。阪神ファンの長澤は「長澤」の姓をつけた阪神OBを探したが見つからず地団駄を踏んだ、というのは見定と、見定が密かに思いを寄せるアカネしか知らない。
「田淵は打率も2割2分2厘じゃなかったっけ」
「アホ、2割2分6厘じゃ」
 42年前の田淵の低打率を笑おうとする巨人ファンと、わずか4厘でも上であることを証明して、田淵の汚名を挽回しようとする阪神ファンの子どもじみた争いである。
「22番なんて69年以降の話でしょ。キャッチャーの背番号はなんてったって27番だよ。V9の森昌彦を忘れてほしくないね」
 と、これは当然巨人ファン、青田の言葉である。ここで22番と27番、どちらの背番号が現役のキャッチャーに多いのか比較してみよう。

◇背番号22……山下斐紹(ソフトバンク)、鶴岡慎也(日本ハム)、伊藤光(オリックス)、里崎智也(ロッテ)
◇背番号27……細川亨(ソフトバンク)、中嶋聡(日本ハム)、炭谷銀仁朗(西武)、日高剛(オリックス)、岡島豪郎(楽天)、谷繁元信(中日)、實松一成(巨人)、上村和裕(広島)

 8対4で27のほうが多い。ポケット版の名鑑を繰りながら確認するうち、阪神ファンの長澤の目がどんどん座っていくのがわかった。危険な兆候だ。
「パ・リーグは全球団が22か27のキャッチャーがいるけど、セ・リーグは阪神、DeNA、ヤクルトがどっちでもない背番号を背負ってる。これはなぜなの」
 巨人ファンの青田は27を背負ったキャッチャーがいないのを犯罪行為のように言う。
「ヤクルトは大矢明彦、古田敦也が27番を背負った名キャッチャー。その名前の大きさに見合った大物がいないということなんだろうね」と、これは見定。
「阪神は矢野が39で城島が2じゃ、田淵への敬意なんてどこを探してもねえじゃねえか」
 講談社・副編集長の肩書きがもはやブレーキにすらなっていない長澤は暴発寸前である。
「お二人さん、史上最高のキャッチャーは野村克也でしょうが。三冠王の史上初は中島治康だけど、打率.361、ホームラン10本、打点38は正式記録として認めたくない数字だね。昭和40年に野村が記録した打率.320、ホームラン42本、打点110が正真正銘、日本で最初の三冠王だよ。中島が3つ獲った昭和13年の巨人の試合数は確か40だったんじゃない。昭和40年の南海の140試合とは雲泥の差だね」
 森だ田淵だと騒いでいた青田、長澤が図星をさされ、言葉を失った。
「でも、背番号19なんてピッチャーしかつけないでしょう。現役見たってさあ」と言って青田登はポケット名鑑を繰って、森福允彦(ソフトバンク)、増井浩俊(日本ハム)、平野将光(西武)、金子千尋(オリックス)、唐川侑己(ロッテ)、吉見一起(中日)、石川雅規(ヤクルト)、蕭一傑(阪神)、野村祐輔(広島)、藤江均(DeNA)、と名前を言っていく。
「あれ、何でわが巨人軍に19番の投手がいないんだ。あれあれ、そもそも19番の選手がいないよ」
「やあいやあい、19みたいないい番号を放ったらかす球団に明日はない」
 19みたいないい背番号を一軍にほとんど上がってこない蕭に与えている阪神も偉そうなことは言えないと思うが、黙っておく。君子危うきに近寄らずはけだし名言である。長澤兵衛は巨人をさらに罵倒しようと19番にこだわる。
「わがタイガースは、江川事件のため読売から追放された小林繁くんを温かく迎え入れ、川尻くんも付けていた由緒ある一流投手の背番号19を与えたのであります。背番号19を放ったらかす読売に断じて明日はない。一流の投手にこそ与えられる19番を誰も付けていないということは、それに耐え得る人材が枯渇しているということを如実に示しているのであります」
「蕭一傑が一流の投手なんですか。だいたい背番号19がナンバーワンステータスなんて、私は認めませんよ。野村がマスクをつけて戦った日本シリーズはわが巨人に1勝4敗ですよ。それは野村が森に1勝4敗ということじゃないですか。バッティングだけ評価されるなんて、私は断じて認めませんからね、森から始まった名キャッチャーの系譜は27番によって受け継がれるんです、フン」
 おいおい、阿部慎之助は背番号10だよ。阿部を育てた長嶋茂雄がV9監督の川上哲治と対立し、その川上を森は監督の理想像に挙げている。とすれば肌の合わない森の代名詞とも言える背番号「27」を愛弟子の背中につけるわけにはいかない、と巨人ファンなら思いつきそうなもんだが、青田登は川上も長嶋も関係なく「巨人」という入れ物が好きな、原理主義的と言ってもいい筋金入りの巨人ファンなのである。阿部慎之助の背番号10に思いを致さない不用意さを笑うより、見定は青田のそのイノセントな情熱に感心する。
 そんな青田にも、そして長澤兵衛にも決定的に欠落しているのが野球史の知識である。
「あのさあ、熱くなっているところ申し訳ないんだけど、巨人のキャッチャーの元祖は森じゃない、吉原正喜だよ。そして背番号27を巨人で最初につけたのはもちろん森じゃない。吉原だよ」
 ひと呼吸おいて、やあいやあい、と小躍りする長澤兵衛。武士のような名前のこの荒くれ男の顔がくしゃくしゃになる。
「こら長澤兵衛、お主さきほど『一流の投手にこそ与えられる19番』とぬかしたな。阪神で史上最高のキャッチャーは誰だ」
 さっきまで君子危うきに近寄らずを決め込んでいた見定律夫が、いつの間にか長澤兵衛と立場を入れ替えていた。
「田淵幸一……ではないよね。その前はヒゲ辻、ダンプ辻……かな」
「こらあ!長澤兵衛」
 こうなると東映の時代劇まつりである。見定律夫は時代劇チャンネルで見た中村錦之助を少しだけ意識しながら大喝した。
「タイガースの歴代ナンバーワンキャッチャーは土井垣だろうが。そして土井垣の背番号は19だあ。お主ら2人、野球にかける情熱はまことに結構。しかし、声高に自らのほうに利あると主張するのは不届きせんばん。よって、百叩きの刑に処する。ほらあケツ出せケツ」
 客が見知った4人しかいないのでマスターは何にも言わないが、見定律夫が心を寄せるアカネちゃんだけは不思議そうな顔を3人のほうに向け、アタリメのイカを口の中に放り込んだ。
「あっ、アカネちゃんごめん、うるさかった。しょうもない2人がしょうもないことでうだうだ言っているから、お仕置きをね」
 アカネはそれには反応しないで、無声のモニター画面に映っている野球のシーンを見ながら、こう聞いた。
「ねえ、あのバット、打ったあとどうすんの」
「どうすんのって、何が」
「だからさあ、バット持った人が打つでしょう。そのあとバットどうすんの」
「だから、ど、どうすんのって」
「持ったまま走るの、それとも誰かに渡すの」
 長澤兵衛がドスッと倒れたあと、青田登が口の中に入れたI.W.ハーパーのソーダ割をプッと吹いた。
 この子に野球史を教えるのは、トカゲに110メートルハードルを教えるのと同じようなものだと見定は思った。それにしても、何で俺は好きでもない巨人や阪神の70数年前の選手の背番号を知っているんだろう。アカネちゃんや長澤兵衛、青田登以上に、見定は見定律夫という人間がわからなかった。
 俺は本当は巨人ファンなのか阪神ファンなのか、いやいやそんなことはない、と否定しても背番号36が唐突に頭に浮かび、条件反射的に国松彰の名前が出てくる。
<亀屋万年堂のナボナはお菓子のホームラン王です、森の詩もよろしく。お父さん、明日はホームラン王だね>
 ひえ~、やめてくれ。巨人なんか大嫌いだ。俺はアンチ巨人なんだ。耳をふさぎ、のたうち回る見定律夫を、スルメの足を口に咥えたアカネちゃんが不思議そうな顔で見ている。


日本最初のプロ野球チーム

 今夜も野球酒場に集まるのは3人の男と1人の女。他に客はいない。法律の番人のような姓を持つ見定律夫は軽口を叩くふうを装って「マスター、親の遺産が入ったの」と言うが、マスターはどこ吹く風で一向に気にする様子がない。
 この夜、フンフンフンと鼻歌を歌う杉並区役所職員、青田登は妙に機嫌がいい。
「ジャイアンツが強いと鼻歌の1つも出るってか」嫌味を言うのは、講談社の漫画誌で副編集長を務める阪神ファンの長澤兵衛である。
「マスター、宝クジでしょう」青田登は長澤兵衛にかまわず、その悠々自適の秘密を突きとめようとするが、マスターはくすりともしないで、乾いたクロスでワイングラスを磨いている。
「青ちゃん、どうしたんだ、気持ち悪いぞ」見定が言うと、「杉並区の広報誌があってね、その中に『サザンカの歴史館』ってコラムがあるんだけど。あっ、サザンカって杉並の区木なんだけど、そこに書いた原稿が面白いって言われて、ピューリッツアー賞でも狙えるんじゃないかなんて言われてさあ」
 ピューリッツアー賞って、杉並の区報で貰えるのか、と言おうとしたが面倒くさい展開になると思ってやめた。
「相撲部屋かなんかの取材?」
「さすが律夫くん」
「ええ、本当にそうなの」
「違うけど、惜しい。相撲じゃなくて野球」
「杉並にプロ野球チームがあったって話聞いたことがないけど、マスター、知ってる?」
「昔、ロッテの合宿所が高円寺にあったね」
「えっ、そうなの」
「中居謹蔵がうちに来たことあるよ。80年代の初め頃だったかなあ」
 中居謹蔵と言われても多分誰も知らないが、やはりそのままにしておく。
「ロッテの合宿所じゃないんだけど、もっと古いの」
 ひと息つくと、青田登はボトルキープのバーボンをグラスに足して、マスターにソーダの代わりを注文した。
 青田登によると、現在のプロ野球が発足して2年目の昭和12年、春季リーグ戦が西武新宿線上井草駅そばにあった上井草球場で行われたという。当時、東京には球場が少なく、前年の昭和11年に上井草と江東区洲崎(現在の東陽町)に球場が急遽作られた。そして、12年の春季リーグは3月26日から開始され、巨人、大阪、阪急、セネタース、名古屋、金鯱、イーグルス、大東京の全8球団が上井草に集結して、1日2試合ずつ行ったという。
「それでわが巨人軍は上井草球場で金鯱と試合をしたんだけど、沢村栄治が4安打完封して勝ったんだ。杉並とわが巨人軍がそんな縁で結ばれてるなんて、嬉しいじゃない」
 そろそろ酔いが回ってきたのか、阪神ファンの長澤兵衛が「ケッ」とあざ笑った。
「上井草って杉並だったっけ、練馬じゃねえのか」
「ブッブー、杉並です。上石神井寄りは練馬だけど」と、これは小さな声で付け足した。
「でもよお、8球団が終結してたんなら、8球団が上井草で試合をしたんだろう。縁があるっていうなら、セネタースだって大東京だってあるじゃねえか」
「まあ、それはそうだけど、わが国初のプロ野球チーム、読売巨人軍が上井草で試合をしたっていうのを評価してもらいたいね。そこいらの悪ガキが桜の木を折ったって頭はたかれるくらいのもんだけど、ジョージ・ワシントンが折れば、それは教訓になるでしょ。つまり、後世に言い伝えられる価値があるってことよ」
 長澤兵衛は酔うごとに目が座ってくるが、青田登は酔うごとに口調がお姐言葉になって気色悪いことおびただしい。
 見定律夫はビールからボトルキープの芋焼酎「明るい農村」に切り替え、既にロックで5杯飲んでいた。
「それで、どういう内容の原稿なんだ」
 青田登は待ってましたとばかりに身を乗り出してくる。
「昭和12年春のリーグ戦を制したのは読売巨人軍だった。上井草球場で行われたセネタース戦に3対1で勝った巨人軍に対して、優勝を争う大阪タイガースは同日西宮球場で行われた金鯱戦で敗れたため、前年に続く巨人軍の2連覇が決定した。上井草球場の跡地には現在、上井草スポーツセンターと同施設の人工芝のグラウンドがあるが、ここにわが国初のプロ野球チーム、読売巨人軍の栄光を顕彰するモニュメントはない」
 まるで本を読み上げるように、青田登は一気にそこまで言い切った。
「渺茫たる荒野に吹きわたる風だけが4分の3世紀前の栄光を知るのみである、と続きたかったんだけど、人工芝のグラウンドに渺茫たる荒野もないと思ってさ、ハハハ」
 怒りがじわじわと沸騰してきた。その危ない雰囲気を察知したのか、マスターが何やら含み笑いをしながら、青田登のグラスにソーダを注いだ。
「どうしたのマスター、僕何かおかしなこと言ったかな」
「青ちゃん、恋は盲目はダメだよ」
「何、わかんないよ、ちゃんと言ってくれないと」
 マスターはソーダの瓶をカウンターの上にトンと置くと、「わが国初のプロ野球チームは、読売巨人軍じゃないのさ」と言った。おお、と見定律夫は心の中で快哉を叫んだ。
「早稲田が日露戦争真っ最中の明治38年にアメリカ遠征したのは知っているよね。このときのエースが河野安通志っていう人で、彼が中心になって作ったのが日本運動協会、芝浦協会とも言われるけど、その設立が大正9年だから、今のプロ野球が産声を上げた昭和9年より14年早いことになる。この日本運動協会が日本で初めてのプロ野球チームだよ」
 拍手をしながら、このマスターは一体何者なんだ、と見定律夫は思った。
「じゃあ、読売巨人軍は2番目なのかな」
 これは、見定律夫が引き受けた。
「2番目のプロ野球チームは天勝野球団と言われてる」
「えっ、何、トンカツ?」
「トンカツじゃなく、テンカツ。天丼のテンに勝敗のカツ」
「トンカツじゃなく天丼なの」
 ああ、面倒くさい奴。
「天龍源一郎のテンに勝ち負けのカツで天勝、わかった」
「あ、ああ、そうなの。聞いたことないけどね、わかったよ。じゃあ、3番目なのかな、わが読売巨人軍は」
「3番目は宝塚運動協会。日本運動協会の本拠地球場、芝浦球場が関東大震災の影響で東京市と内務省に徴発されて、興行が成り立たなくなって日本運動協会が解散。それを引き受けたのが阪急グループの総帥、小林一三。のちの宝塚遊園地のあったところに宝塚球場を作って6年間、興行した。わかった?」
「ああ、何か資料を調べたみたいにスラスラ出たね。納得。じゃあ、ジャイアンツは4番目なんだ」
 ギャハハハという笑い声が店内に轟いた。
「わが国初のプロ野球チームだと。その実態たるやたかだか4番目でないの」
「うるさいよ、阪神はそれ以下じゃないの」
「わが国初のプロ野球チーム読売巨人軍の栄光を顕彰する、ってか」と、これは青田登の口真似で先程の口上をなぞる長澤兵衛である。
「まあまあ、読売は大したもんだよ。客観的に見れば、野球界に貢献しているのは河野安通志、小林一三、正力松太郎だよ。それぞれ早稲田、阪急、読売でもいけどさ」
「阪急はオリックスに身売りしたじゃねえか」
「でも、今は阪急阪神ホールディングスで一緒の会社だよ」
「それって確か、阪神タイガースの球団経営には関与しない、っていう覚書が交わされたんじゃなかったっけ」
「さすが虎キチ、でもそういう覚書を呑むところが太っ腹だよ。俺は阪急という会社は今でも野球界に貢献していると思ってる。宝塚運動協会、阪急ブレーブス、そして今の阪神タイガースにも関わっていると思えば、阪急の功績は大きいよ」
 見定律夫がそう言うと、エアポケットに入りこんだように青田登、長澤兵衛は黙り込んだ。店内に流れているのはマスターが好きなのだろう、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドの『Mr.Bojangles』が流れている。
「ねえ、マスター、野球やってたの」
 アカネちゃんが聞くと、うん? という顔をしたあと、マスターは「昔ちょっとね」と口を濁した。見定律夫は高校野球でもやってたのかなと思ったが、青田登はピューリッツアー賞の邪魔をされたことが依然として腹立たしく、小学校の頃ちょっとやった程度だろうと意地悪く思い、長澤兵衛は何も考えなかった。


突然闖入してきた19世紀の探検家と小文字と琵琶湖

 今、新宿からタクシーに乗って来たんだけど、運転手が「お客さん、勝ってますよ」って言うんだ。そう言って顔をしかめるのは、講談社の漫画誌で副編集長を務める長澤兵衛だ。
「マスター、いい男に写っているわよ」今日は飲まないうちからお姐言葉になっている杉並区役所に勤める青田登は、「外はタクラマカン、死んじゃうよ」と雑誌をパタパタさせて風を送っている。
「何が勝ってるんですかって聞いたら、巨人が阪神に勝ってますよって言うんだ。運転手さん、俺が巨人を好きそうな顔に見えますかって言うと、ミラー越しに俺の顔をじっと見て、こうコロムビアの犬みたいに首を傾げてさあ」
「何、コロンビアの犬って。麻薬犬か何か?」心ここにあらずという風情で、青田登は「暑い暑い」と今度はタオルをぐるぐる回し始めた。ああ、巨人戦の帰りか、と見定律夫は見当をつけた。
「コロムビアレコード知らんのか。美空ひばり、都はるみ、島倉千代子を擁して、日本芸能史にその名を燦然と輝かせる……」
 そこまで言って、長澤兵衛は言葉に詰まった。青田登が入口のほうに目をやり橙色のタオルをぐるぐる回していたからだ。
「ナナちゃん、こっち、こっち」とはしゃいでいる青田登の視線の先に目をやれば、1メートル70を超えようかというスレンダー美人が艶然と頬を崩し、青田登に手を振っているではないか。長澤兵衛の困惑をよそにスレンダー美人は後ろを振り向くと「ああ、ここですよ」と誰かを手招きしている。
「おお、ここか、ここか。中馬はおるか」「待て待て、そのお姉さんに礼も言わんと」「礼も言わんとって、お前、初回惚れしたんか」
「ねえ、マスター、この人たちマスターの古い知り合いって言ってたけど、本当?」
 スパゲッティナポリタンらしき香ばしい匂いを放つ料理を作っているマスターはドアのほうに目をやったあとすぐフライパンのほうに目をやり、麺を1本器用に箸でつまんでつるりと口に入れた。
「中馬、一国一城の主じゃのう」19世紀の探検家のような帽子と短ズボンを履いた男は野球酒場を見まわし、わざとらしく鼻をくすんといわせた。
「はい、スパゲッティナポリタン」カウンター左端の男にスパゲッティナポリタンが山盛りになった皿とアイスコーヒーを渡したマスターは、バイトのさっちゃんに「橋本屋に行ってくる」と言い置き、3人の男たちに「そこに座って待っててくれ。余計なこと話すなよ」と凄みのある視線を送った。
 見定律夫が今入ってきた3人のほうを見ると、19世紀の探検家はたいまつの代わりに丸めた週刊誌を右手に持ち、「雑誌で見るよりだいぶ広いのお」と、野球酒場を見まわしながら感心していた。青田登は自分の左手の中にある週刊誌と19世紀の探検家の持つ週刊誌を見くらべ、「その雑誌見てきたんですか」と尋ねた。
「えっ、ああ、そうそう」男はせっかちに答え、目の前に置かれた水をひと息に飲んだ。
「自分たちは中馬のチームメートなんよ。中馬がキャプテンで、俺らはその他大勢のただの二枚目」「誰が二枚目や、前頭10枚目見たいな腹して」「やかましい小文字が」「琵琶湖に言われとうないわ」
「ち、ちょっと待ってください。よくわかんないんですが、二枚目というのはよくわかりました。でも小文字ですか、琵琶湖というのもちょっと」
「この琵琶湖はセントアーノルド聖愛学院野球部のキャッチャーで井伊寛治と言うんよ」
「セントアーノルド聖愛学院って」
「大阪にある私立高校や。僕は大阪、小文字は奈良、琵琶湖は琵琶湖だから滋賀、中馬は鹿児島やったかな」
「中馬って誰です」
「アホ、中馬はここのマスターやないか」
「アホは失礼やろう、福山雅治さんに対して」
 青田登はマイクを持つ手つきをするが、軽くスルーされる。
「この井伊は、英語の授業で黒板に書かれたA、B、Cのアルファベットを小文字にしろと言われて、小さ~い文字でA、B、Cと書いたんよ。それ以来、小文字」
「やかましい、おのれは社会の授業で滋賀県の県庁所在地はどこだと聞かれ、胸張って『琵琶湖』と答えたやないけ」
 カウンター左端の男は、フォークで巻き取ったスパゲッティナポリタンを口の中に放り込めず、しばらく3人の男に目が釘づけになっていた。見定は小文字と琵琶湖はわかったが、この19世紀の探検家にもアホの逸話があるはずだ、と思った。
「私は昔、東京に住んでました」を英語で何と言うか長嶋くん答えなさい、と言われて長嶋茂雄・読売巨人軍終身名誉監督は「I Live in EDO」と答えたというのは、誰かの作文にしろよくできた話だ。それに匹敵する話があるはずだ。そして、「中馬」と呼ばれているマスターが本当に彼らのチームメートならば、それに類する話があるはずだ。それは聞きたくないと、見定律夫は耳を塞ぎたい気持ちになった。




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